刺青についての感想文最近、谷崎潤一郎の「刺青」という小説を読んだ
「刺青」は谷崎潤一郎の処女作で、作者自身にとって重要であることは言うまでもなく、以後の谷崎文学の基礎になると言われている
「刺青」は刺青師の清吉の快楽と宿願をめぐって書かれた小説である
清吉の快楽は苦しむ男を見ることで、宿願は男を苦しませる女を創造することである
いずれもマゾヒズムとサディズムという作者の主張を表している
そのほか、作者の絶対的な美に服従する態度からみて、この作品は彼の耽美主義の宣言とも言える
主人公の清吉はマゾ的な喜びを楽しんでいる
例えば「大抵の男は苦しき呻き声を発したが、その呻き声が激しければ激しいほど、彼は不思議に言い難い愉快を感じる」という表現があるが、マゾヒズムなどは普通変態な心理だと認められる
たぶん作者にとってのマゾヒズムは社会的に受け容れられないからからこそ、かえって人に異常な快感を与えるものと考えられるのだろう
そして、作者は絶対的な美を崇拝する
「すべて美しいものは強者であり、醜いものは弱者であった」
それに、作者は美しい者を追求する方法も普通の人間と違う
たとえば、女が針に刺されて、色揚げをするために湯がしみたときの半死半生の有様は清吉にとって、残酷だが、これ以上美しい者はない
しかし、私は作者の観点について納得できない
マゾヒズムなどは歪曲した人間性のことである
他人の苦痛を見て、自分が至福の喜びを感じるなんて、はっきり言うなら悪魔である
このような心理や行動を認めるが、なかなか納得できない
そして、作者の美しいものを追求する行動にも納得できない
美しい者を追求するのはよくないとは言えないが、自分の価値を否定するまで追求するなんて本当によくないと思う
「彼はそれに我が魂の色を見た」「その刺青こそは彼が生命の全てであった」美しい者を追求することは大事だが、第1页共2页自